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2009年9月24日 (木)

5月4日 「義経美作山寺で斬らるという」

[玉葉] 5月4日 乙巳 雨降る 
「義経美作山寺で斬らるという」
 伝聞、義顕(義経)が美作の国(岡山県北部)の山寺に於いて斬られました。その次第、南都(奈良)を逃げ去り美州の山寺に移住した。而るに近辺の寺僧の報告が関東に達した。頼朝卿専一の郎従加藤太光員・弟加藤次景廉が件の山の寺僧と知人である。仍って報告を遣わすという)。件の加藤次丸はなお疑貽を成し自身上洛せず、郎従五人(その中一人義顕を見知るの者有るなり)を派遣した。件の案内者を以て示し承るため件の山寺に入る。即ち義顕の頭をとりました。この事去る月の晦日という。即ち四ヶ日上洛、昨日(三日)入京、今日関東に馳せ下向したという。事もし実ならば、天下の悦びなり。
 諸宗にお祈りを命じ、(中略)行家は征伐しました。今またこの修中義顕(義経)が征伐されました。仏法の霊功は仰ぐべく信ずべし。

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