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2009年9月17日 (木)

6月21日「近畿の守護・地頭を停め、諸国武士の乱暴を禁ず」

「吾妻鏡」文治二年(1186)6月21日丁卯。
「近畿の守護・地頭を停め、諸国武士の乱暴を禁ず」
 行家・義経の隠れている場所を探し出すために、京都とその近くの関西には、守護や地頭を置きましたけど、その武士達は兵糧米を徴収すると理由をつけて、年貢の横取りをするので、人々はこれを苦しみ悲しみだと訴えが多くて、何処の国においてもおとろえ疲れているとの事だという。仕方が無いので、義経の決着を着いていないと待つべきだろうけど、人々が嘆いているので、諸国の守護の武士や地頭を停止する。但し、関西の平家から取上げた領地では、そうはいかないと、頼朝様は京都朝廷へお申し出になり、師中納言吉田経房を通じて、後白河法皇に手紙を渡すように、検非違使大江公朝が京都へ帰るので、そのついでに預けました。又、因幡前司大江広元を訪問の使節団として京都へ行かせます。
「武士の乱暴を停むべき国々」
 世間を鎮めるために後白河法皇が院宣をよこしたからです。とんでもない事をしているのを調べて、武士の横取りを止めさせるべき国々

  山城國(京都府)  大和〃(奈良県)  和泉〃(大阪府)  河内〃(大阪府)  攝津〃(大阪府)   伊賀〃(三重県)

  伊勢〃(三重県)  尾張〃(愛知県)  近江〃(滋賀県)  美濃〃(岐阜県)  飛騨〃(岐阜県)   丹波〃(京都府)

  丹後〃(京都府)  但馬〃(兵庫県)  因幡〃(鳥取県)  伯耆〃(鳥取県)  出雲〃(島根県)   石見〃(島根県)

  播磨〃(兵庫県)  美作〃(岡山県)  備前〃(岡山県)  備後〃(広島県)  備中〃(岡山県)   安藝〃(広島県)

  周防〃(山口県)  長門〃(山口県)  紀伊〃(和歌山県) 若狹〃(福井県)  越前〃(福井県)   加賀〃(石川県)

  能登〃(石川県)  越中〃(富山県)  淡路〃(兵庫県)  伊豫〃(愛媛県)  讃岐〃(香川県)   阿波〃(徳島県)

  土佐〃(高知県)
右の三十七の国では、後白河法皇の命令書院宣を出されて、武士達の横取りについて、あちこちのいけない事を調べて直させ、おかしな行いを正統な手続きに直して下さい。
「鎮西九国鎮定は経房の沙汰とす」
 但し、九州の九カ国については師中納言の発言に任せます。したがって、その命令に従って横取りを止めさせ、間違いを直しなさい。
「伊勢の地頭を改補す」
 又、伊勢国では、伊勢平氏の残党が反対勢力として蜂起しており、それに味方する連中が未だに源氏への反逆を止めないので、その連中を抑えるために、地頭の平氏に替えて、鎌倉から地頭を駐在させました。そもそも、各国に治安維持として配置された武士達が、神社やお寺や公卿達の領地で、頼朝の命令書も持たず、根拠もなしに我侭勝手に横取りをするとは、全くとんでもないことだとお怒りになられております。
 今は、後白河法皇の命令書をそれらの国へ出されて、武士達の横取りについて、あちこちのいけない事を止めさせて、天下を清く正しくしましょう。伊勢国ばかりでなく、反逆者達が隠れていた国は、反逆者のものだった所領に、地頭を任命しておいています。但し、荘園は本家や領家への労働奉仕を、国衙は国司からの労働奉仕を昔からの例の通りに勤めるように命令を出します。それぞれこの命令を守って、公への年貢をまずきちんと納めなくては、その職の本来の役目を果たすことが、何よりも大事でしょう。もしその中に荘園領主を無視したり、国衙への義務を果たさないような、とんでもないやつ達は命令書の通りに、その罰を与えます。特に武士の事は、頼朝も賜っていないので知らない所を、人から寄付してもらったと云ったり、又は先祖代々の証拠が無いと云って横取りをした所が、沢山あると承っています。そういうところにこそ院宣を渡して、間違いを正させ、又、たとえ反逆者たちの領地だったので地頭を置いたとしても、その理由がはっきりとある所でも、後白河法皇が地頭を止めさせるようにおっしゃられる所は、云われる旨に従い、地頭を止めさせます。どうして院宣に背くことが出来ましょうか。この内容でお伝えするように、師中納言吉田經房に云って置きます。

  文治二年六月二十一日                      花押

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