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2009年9月 2日 (水)

2月24日「関東より奏請能保衛府督に任ぜらるべし」

[玉葉]2月24日 壬申 晴 
「関東より奏請能保衛府督に任ぜらるべし」
 午後4時頃、朝廷の事務所の長官で左中弁の光長が来た。色々の事を申した。その中に左馬の頭の能保を近衛府か衛門府の長官に任命すべきの由、関東より吉田経房を通して法皇に申し上げた。而るに当時は欠員無し。どの様に行わるべきかと法皇のお言葉が有りという。(略)ただ法皇の決定が有るべし。
「対馬守親光還任すべし」
「親光平家の乱を恐れ高麗国に渡る」
 また対馬の守親光が復任すべきの由、同じく関東より申し込みありという。件の事は、治承三年、資材を朝廷に献じて当国の国守に任命された。直ちに任国に赴くの間、平家の乱に逢う。仍って彼の乱行を恐れ、高麗国に越え渡り、平氏滅亡の由を聞き、帰朝し在国の間、史大夫の清業が巡年に依って当国に任命されていた。而るに親光は関東に出向しこの詳細を知らせた。よって頼朝卿は平氏に従わざるの意趣に感心し、この旨を申し上げたという。私(兼実)は言う、これまた法皇の決定に在るべし。
「近日の事発言能わず」
 また云く、行家・義経等を猶捜索すべきの由同じく申し上げた。仍って命令すべきの由法皇のお言葉が有りました。天皇の命令書を与えるべきか。天皇より下の者の書を以て命令すべきかと。私は言う、大事である。天皇の命令書を与えるべきと言いました。

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