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2009年9月16日 (水)

6月6日「義経捕縛宣旨」

[玉葉]6月6日 壬子 天晴 
「義経捕縛宣旨」
 午後2時頃、定経が来た。義行(義経)を討つべきの宣旨の事、後白河法皇に申し上げた処、早く宣下すべきとのお言葉が有りという。その宣旨の状これを見せました。
    文治二年六月六日       宣旨
 謀反の首領たる前の備前の守源行家、前の伊豫の守同義行(義経)等、敗走の後、帰降の思いを成さず。殆どギョウ語の聞こえ有り。広く都やその他の地に命じ捜索したところ、行家はすでに誅殺された。義行(義経)が独り逃げ脱出した。戮竇を歓ぶと雖も、なお檎充せんと欲す。重ねて京都近くや全国の国の長官等に命令する。たしかに義行(義経)の身を逮捕し差し出すように。もし特別の功績が有れば、破格の賞を与える。
                    蔵人の頭左中弁藤原光長(奉る)
「義経の母常磐を捕らえて在所を問い石蔵を捜索するも義経逐電す」
 人伝えて云く、義行を逮捕する為、武士が東西に馳走すという。能保に尋ね遣わすの処、申して云く、大内惟義が在所を聞き得るの由申した。然れども未だ実説を知らず。
 伝聞、先ず母並びに妹等を逮捕し、在所を問うの処、石蔵に在るの由を称した。武士を遣わすの処、義行(義経)は行方をくらまし逃げた。房主僧を逮捕したという。その後の事未だ聞かず。入道関白が申されて云く、昨日命令を受けた鞍馬寺住僧の事すでに逮捕した。何処に送るべきかという。能保の許に送るべきの由命令した。

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