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2009年9月29日 (火)

建久六年(1195)2月12日「行家・義経の残党確認のため、能員・常秀上洛す」

「吾妻鏡」建久六年(1195)2月12日戊辰。
「行家・義経の残党確認のため、能員・常秀上洛す」
 今日の明け方、比企藤四郎右衛門尉能員と千葉平次兵衛尉常秀が使節として急に上洛した。これは、前の備前守行家、 大夫判官義顯(義経)の殘黨等が今も東海道あたりに於て在存す。今度の御上洛のついでを伺い、復讐の志を果たそうとしているとのうわさがあるので、道中の妨げになることから、先ず驛々に於て事情を尋ね聞き、若し事實ならば、計略を廻らし逮捕するべしの旨、將軍の命を受けていたという。兩人共に供奉の人數となっていたが、勇敢で知られ、急にこのようになったという。

(源行家史は終了です)

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