« 11月26日 「頼朝追討宣旨奉行の人々損わるべしという」 | トップページ | 十二月二十三日「勅使として吉田経房下向の風聞」 »

2009年8月10日 (月)

十二月六日「行家・義経に同意の侍臣を罪科に処す」

「吾妻鏡」文治元年(1185)十二月六日乙卯。
「行家・義経に同意の侍臣を罪科に処す」
 今度のことで、行家や義經に味方をした朝廷の人達と北面の武士達の事が事細かに関東に知らされました。そこで、頼朝様は罰を与える為に名前を正式の文書に書いて師中納言吉田經房へ出させました。その上で、特に源九郎義經と悪巧みを構えた人六人を弾劾するように申し入れるよう、北條四郎時政殿に伝えられました。その六人は侍從良成、少内記信康〔伊豫守義經の書記官〕、右馬權頭平業忠、兵庫頭藤原章綱、大夫鼓判官平知康、信盛、右衛門尉信實、時成達です。又、右大臣兼実は、関東を贔屓していると聞いたので、仲良くするために一通の手紙を差し上げました。大江広元、三善善信、筑後權守俊兼、大和判官代邦道などがこれらの手紙を考えて用意しました。院へ奏上する手紙に書いてあることは。
「議奏公卿の設置、兼実以下の替補等を院奏す」
  一、議奏の公卿
    右大臣(兼実)(内覧の宣旨を下さるべし) 内大臣(藤原実定)
    権大納言實房卿          宗家卿  忠親卿
    権中納言實家卿          通親卿  経房卿
    参議雅長卿            兼光卿
    以上の卿相、朝務の間、先ず神祇より始めて、次いで仏道に至る。彼の議奏に依って、これを計り行わるべし。
  一、摂録の事
    内覧の宣旨を右大臣(兼実)に下さるべきなり。但し氏の長者に於いては、本の人(藤原基通)のままとする。
(中略)

  解官の事
    参議親宗    大蔵卿泰経    右大弁光雅
    刑部卿頼経   右馬の頭経仲   左馬権の頭業忠
    左大史隆職   左衛門の尉知康  信盛  信實  時成
    兵庫の頭章綱
  行家・義経等に同意し、天下を乱さんと欲すの凶臣なり。早く現職を解官し、これを追放すべきである。兼ねてまたこの外、行家・義経が家人・追従・勧誘の人々も、その罪の深さを取り調べて、官位ある人々については、それぞれ解官停廃すべし。僧・陰陽師の類が含まれているとの噂がある。同じくこれを追放するべし。
     十二月六日          頼朝(在判)

|

« 11月26日 「頼朝追討宣旨奉行の人々損わるべしという」 | トップページ | 十二月二十三日「勅使として吉田経房下向の風聞」 »