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2009年8月11日 (火)

十二月二十三日「勅使として吉田経房下向の風聞」

「吾妻鏡」文治元年(1185)十二月二十三日壬申。
「勅使として吉田経房下向の風聞」
 師中納言吉田經房が朝廷の使いとして、下ってくると、今日関東に噂が届きました。すでに後白河法皇も許可をしているという。それは行家と源九郎義經の事で、色々と箇条書きにして申し出た事への回答をするためだろうか。頼朝様は恐れ入り申し訳ないと思ひ、「申し上げることは使いの者と手紙を使って云っています。法王からは奉書をいただければ私のほうでも分かりますので、そんな偉い公卿程のお方が使いとして長旅をしてくるなんて、絶対遠慮しておきます。」という。
「前對馬守親光還任を執進す」
 また、前對馬守親光は、朝廷のため、武門のため大きな功績をあげたが、意に反して国司の任務先を変えられました。元の立場に返りたいと、盛んにこぼしているので、頼朝様はこの話を申し入れになられたという。

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