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2009年8月14日 (金)

文治二年(1186)正月十七日「頼朝、経宗の釈明を認む」

「吾妻鏡」文治二年(1186)正月十七日丙申。
「頼朝、経宗の釈明を認む」
 去年の暮れに、左大臣經宗様の使者が鎌倉へ来ていて、今日京都へ帰りました。頼朝様の返答が遅くなったからです。でも、来た甲斐が無いわけでは無いという。これは頼朝様追討の太政官布告を義經たちに発行したのは、左大臣の提案によると噂を聞いていたので、とても怒っておられました。「しかし、宣下がなければ、行家と義經は京都で謀反を企てたに違いない。太政官布告を受け取って九州へ行こうとしたから、法皇も公卿たちも安全でした。これがなんで不義だと扱われるのでしょうか」と云っていました。頼朝様は話を聞いて「仕方が無いと納得したので、承諾した。」とおっしゃられたという。

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