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2009年7月22日 (水)

十月二十九日「頼朝、義経・行家討伐のため上洛す」

「吾妻鏡」治元年(1185)十月二十九日戊寅。
「頼朝、義経・行家討伐のため上洛す」
 予州源九郎義經、備州行家の反逆を征伐するために、二品頼朝様は、今日京都へ向けて出発です。関東の御家人は、直接お供をさせていくが、東山道、北陸道の御家人は、東山道を通って、近江や美濃の東海道沿いで待ってて会うようにすることと、命令書を回させました。又、相模の侍の原宗三郎宗房は、優れた勇敢な武士です。しかし、早川合戦(石橋山合戦)の時に、大庭三郎景親軍に参加して、頼朝様に敵対して弓を射たので、その罪を恐れて何処かへ逃げてしまいました。今は信濃国に居るとのことなので、早く彼を連れて、墨俣川あたりに来て会いなさい。と信濃の国の御家人達にお言葉がありましたという。午前十時頃に出発なされました。土肥次郎實平が先頭を勤め、千葉介常胤がしんがりにおります。今夜は相模国の中村の庄に宿を取られましたという。相模の国の御家人は全員が集りました。

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