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2009年7月 1日 (水)

11月7日 「義仲を院中警護の人数に入る」

[玉葉] 11月7日 天気陰、晩に及び雨下る、
「義仲を院中警護の人数に入る」
 伝聞、義仲は征伐されるべき由により、特に用心し心配の余り、此の如く承り及ぶ由、法皇に申し上げさせたという。よって法皇御所中の警護の武士中に入れられ申したという。行家以下、皆悉く其の宿直を勤仕した。しかるに義仲一人其の人数から漏れる由、殊に奇を成すの上、又両者の間に立って告げ口する者が有るという。行家は明夕に下向が必定という。頼朝の代官が今日江州に到着したという。其の勢僅か56百騎という。忽ち合戦の儀を存せず。只物を法皇に差し上げるための使いだという。次官中原親能(広季の子)並びに頼朝の弟(九郎)等が上京したという。
「梅宮祭の弊河原より立つ」
「院の返札あり」

「朝日将軍木曾義仲洛中日記」の本が出来ました。

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