元暦二年(1185)八月四日「行家謀反、佐々木定綱に討たしむ」
「吾妻鏡」元暦二年(1185)八月四日甲寅。
「行家謀反、佐々木定綱に討たしむ」
前備前守行家は、二品頼朝様の叔父です。それなのに何度も平家との戦闘に派遣されたが、何時も最後にはその功をあげる事もなかったので、頼朝様は特に賞賛されなかった。行家も又、自分の方から積極的に出仕してくることも無く、今は西告に隠れ忍んで、関東のご威光を傘に着てあちらこちらで、人々を厳しく責め立てた。そればかりか、謀反の心を持っていることが発覚したという。そこで、京都周辺の御家人達を集めて引き連れ、早く行家を攻め滅ぼしてしまうように、今日命令書を佐々木太郎定綱に下されたという。
「朝日将軍木曾義仲洛中日記」の本が出来ました。
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