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2009年6月22日 (月)

閏10月20日「源氏一族義仲宅において会合すという」

[玉葉] 閏10月20日 辛巳 天晴 
「静賢法印院の使として義仲亭に向かう」
 今日、静賢法印が法皇の御使として義仲の家に向かった。お言葉に云く、その心よろこばざるの由お聞きなされた。詳細は如何。身の暇を申さず、俄に関東に下向すべしという。この事等驚き思いなさる所なりという。
「義仲十月宣旨のことにつき遺恨を申す」
 申して云く、法皇を怨み奉る事二ヶ條、その一は、頼朝を呼び上げられる事、然るべからずの由を申すと雖も、御承引無し。猶以て呼び遣わされた。
その二は、東海・東山・北陸等の国々へ下される所の宣旨に云く、もしこの宣旨に従わない者ども有らば、頼朝の命に従い追討すべしという。この状は義仲生涯の遺恨なりという。
「頼朝軍を防がんとして義仲東国に赴くという」  
 また東国へ下向の條に於いては、頼朝が上洛せば、相迎え一矢を射るべきの由素より申す所である。而るにすでに数万の精兵を差し、上洛(その身は上らず)を企てしむという。仍って相防がんが為下向せんと欲す。更に驚き思いなさるべからず。そもそも法皇を供にし奉り戦場に臨むべきの由、議論し申すの旨お聞きなされた。返す返す恐れ申すこと極まり無し。無実なりという(以上は義仲の申し状)。静賢が帰参した。この由を申さんと欲するの処、御行法の間によって申し入れ出来ない。然る間、義仲は重ねて使者を以て静賢の許に示し送りて云く、猶々関東へ御出かけの條、特にに恐れ申す。早く取り次ぎの人に承るべしという。
「源氏一族義仲宅において会合すという」
 件の事は昨日、行家以下一族の源氏等義仲の宅に会合した。議定の間、法皇を供にし奉るべきの由、その議論が出た。而るに行家・光長等は一切然るべからず。もしこの儀を為さば、反対すべきの由議論するの間、その事を遂げず。
「源行家密かに委細を天聴に達せしむ」
 件の詳細を以て、行家は法皇に密告したという。義仲は無実を申した。定めていつわりか。兼ねて又、義仲は特に申請の事有りという。頼朝を討つべきの由、一行の証文を頂いて、東国の郎従等に見せたいという。この事すでに大事なり。左右に能わずという。
「平氏優勢」
 また伝聞、平氏の残党、九国を出て四国に向かうの間、甚だ弱少。而るに今度官軍が敗績するの間、平氏その衆を得て、勢太だ強盛。今に於いては輙く追
伐を得るべからずという。而るに義仲等は甚だ安穏の由を申した。これ又偽言という。天下の滅亡、ただ今来月に在るか。

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