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2009年6月17日 (水)

7月30日「頼朝・義仲・行家への勧賞如何行わるべきか」

[玉葉] 7月30日 壬辰 天晴 
「院にて大事を議定す」
 左大臣のお言葉に云く、條々の事思案し申すべしという。
「頼朝・義仲・行家への勧賞如何行わるべきか」
一、お言葉に云く、今度の義兵は、計画したのは頼朝に在りと雖も、当時の成功の事は、義仲・行家である。まず賞を与えたいが、頼朝の不満は測り難し。彼の上洛を待とうと思う。また両人は賞の遅れに不満物だろう。両ヶの間、叡慮決し難し。兼ねて又、三人の勧賞等に差有るべきか。その間の詳細を思案し申すべしという。
「頼朝の参洛を待たず三人同時に行わるべし」
 人々は申して云く、頼朝の上京を待つべくもない。彼の賞に加え、三人同時に行わるべし。頼朝の賞、もし本意に不満ならば、申請により改正し、何の支障もない。その等級に於いては、且つは勲功の優劣に依って、且つは本官の高下に随い、思案し行わるべきか。すべてこれを議論した。第一は頼朝、第二は義仲、第三は行家である。
   頼朝(京官、任国、加級、左大臣は云く、京官に於いては、上京の時任ずべし。私(兼実)は云く、そうではない。同時に任ずべし。長方もこれに賛成した)
   義仲(任国、叙爵)
   行家(任国、叙爵、但し国の勝劣を以てこれを任じ、尊卑差別すべしと。實房卿が云く、義仲が従上、行家は従下が宜しいだろう)
(注:任国:国司に任命すること。叙爵:従五位下の官位を与えること)
「京中の狼藉及び兵糧用途如何すべきか」
一、お言葉に云く、京中の狼藉は、士卒の巨万の致す所である。各々その軍勢を減すべきの由、お言葉下さるべきの処、不慮の災難、恐れる所無きに非ず。この為如何。兼ねて又縦え人数を減せらると雖も、兵粮無くば、狼藉は無くならない。その用途また如何にすべきか。同じく思案しもうしあげるべしという。人々は申して云く、今に於いては、平家の残党の恐れ、定めて群を成すに及ばないだろう。士卒の人数を減少させるのが。良い方法と謂うべし。兵粮の事については、頗る異議が有り。忠親・長方等は云く、各々一ヶ国を賜いその用途に宛てるべし。私は反論して曰く、勧賞や任国の外、更に国を賜うのはいかがなものか。両人は云く、その用が終えれば、他人に任ぜらるのに何の困難有りや。私は曰く、道理然るべし。但し彼等は定めて没収の恨みを含むだろう。ただ平家の没収地の中、然るべきの所を撰び、指定しあたえるべきか。然らずんばまた一ヶ国を以て、両人に分け与えるきか。但しこの條は頗る喧嘩の基となるか。猶平家の没収地の所を与えること宜しかるべし。左大臣は云く、両方の議各々然るべし。法皇の決定に在るべし。
「関東・北陸の寺社領等に使を遣わし沙汰致すべきか」
一、お言葉に曰く、神社・佛寺、及び甲乙の所領、多く関東・北陸に在り。今に於いては、各々その使を遣わし指図を致すべきの由、本所に命令されるべきか。一同申して云く、異議有るべからず。早く命令されるべしという。(中略)兼光が帰参しました。各々議論し申し上げのの趣旨は、皆以て然るべし。早くこの定行わるべしという。今に於いては、各々御退出有るべきという。私は即ち退出しました。

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