« 治承五年(1181)五月二十九日「行家の告文に対する大神宮禰宜の返状」 | トップページ | 養和元年(1181)十一月五日「義兼・義經ら、遠江発向を延ばす」 »

2009年6月10日 (水)

養和元年(1181)10月27日「頼朝上洛すという」

[玉葉] 養和元年(1181)10月27日 庚午 陰晴不定 
「頼朝上洛すという」
 或る人云く、頼朝必定すでに上洛を企て、去る二十一日尾張保野宿に付くべきの由という。然れども、両三日延引か。どのようにしても入洛は決定、竹園に於いては、相模の国に留め奉る。上総の国住人廣常(介の八郎と称す)を以て守護し奉るという。行家すでに尾張国内に入るという。また聞く、北陸道去る二十四日襲い攻めんとした。然れども、無勢に依ってまた延引した。年内は合戦に及ぶべからずという。

|

« 治承五年(1181)五月二十九日「行家の告文に対する大神宮禰宜の返状」 | トップページ | 養和元年(1181)十一月五日「義兼・義經ら、遠江発向を延ばす」 »