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2009年3月 7日 (土)

閏二月二十八日「志田与党の所領を収公し、朝政・朝光を賞す」

「吾妻鏡」閏二月二十八日甲戌
「小山宗政名代として鎌倉に参ず」
 小山五郎宗政が小山四郎朝政の代理として「小山四郎朝政は傷を受けてこれません。」一族と加勢した武士達を連れて鎌倉に参りました。頼朝様はお会いになり、手柄を誉めました。宗政、下河邊庄司行平以下の一族は西方に並び、八田知家、小栗重成以下は、東方に並びました。生け捕りにした志田先生義広の部下は二十九人で、あるものはさらし首に、あるものは下河邊庄司行平や佐野有綱に囚人として預けられたという。
「志田与党の所領を収公し、朝政・朝光を賞す」
 次に常陸、下野、上野の志田先生義広に味方した武士の所領は全てこれを取り上げました。朝政や朝光達は褒美を頂いたという。

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