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2009年2月 8日 (日)

寿永三年(1184)三月十三日「原高春を召し、本知行所を還付す」

「吾妻鏡」寿永三年(1184)三月十三日壬寅。
「原高春を召し、本知行所を還付す」
 尾張國に所領を持つ武士の原大夫高春が、お呼びに従って参りました。この人はなくなった上総權介廣常の甥です。又、薩摩守平忠度は高春の甥であります。平家の縁が近い人であるけれども、廣常の方の縁を慕って、平相國淸盛に背を向け、去る治承四年に関東へ飛んできて以来、ひたすら忠義を尽くしてきました。去年廣常が処刑されたとき、その縁で同罪扱いされることを恐怖して、田舎にひっそりと伏せるようにしていました。しかし今となれば、上総廣常は罪がないのに処刑してしまった事を、密かに後悔し、その親戚の人たちの多くは許されました。中でも、高春は元々手柄のある人なので、本来の所領を元のとおりに知行して、頼朝様に尽くすように、お言葉があったという。

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