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2008年10月 7日 (火)

12月15日 「昌俊の母参上す」

「吾妻鏡」12月15日 己丑
「昌俊の母参上す」
 故土左房昌俊の老母が下野の国の山田庄より参上したと申した。すぐ御前に呼び付けた。亡き息子の事を申して、しきりに号泣した。幕下(頼朝)は太だ歎かしめなされ、綿衣二領を下されたという。故豫州(義経)が幕下に反逆なされた時、討手を派遣しようとした時、勇士等は支障があると申す処、昌俊は僧侶ながら了承した。遂に命を関東にささげたので、没後から今に至るまで、精兵の比較に引用なされたという。

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