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2008年10月10日 (金)

1195年 (建久6年) 2月12日「行家・義経の残党確認のため、能員・常秀上洛す」

1195年 (建久6年 乙卯)

「吾妻鏡」2月12日 戊辰
「行家・義経の残党確認のため、能員・常秀上洛す」
 今朝方、比企の籐四郎右衛門の尉能員・千葉の平次兵衛の尉常秀が使節として急遽上洛した。これは前の備前の守行家・大夫判官義顕(義経)の残党等が、今も南海道や西海道の周辺に在存し、今度御上洛の次いでを伺い、復讐の本意を遂げんと欲するの由、風聞が出て来たので、進路の障害たるべきに依って、先ず駅々に於いて詳細を調査し、もし事実ならば、秘密の計略を廻し逮捕すべきの趣旨の將軍の命令を含むという。両人共に上洛のお供の人数であると雖も、勇敢を守り忽ちこの儀に及ぶという。

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