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2008年9月 7日 (日)

4月9日「院庁の下文」

「吾妻鏡」4月9日 乙亥(続き)
「院庁の下文」
   法皇庁から命令する 陸奥・出羽両国司等

 天皇の命令書により、前の民部少輔籐原基成並びに秀衡法師の長男の泰衡等、一つには義経の身を捕らえ進上し、一つには国司及び庄役使等を受用するべき事

 右源義経並びに味方の者達は当国に乱入し、更に破棄した旧い朝廷の文書を以て偽り当時の天皇の命令と称し、謀叛を致すの由、出羽の国司が居住を確かに記録して言上を経た。仍って彼の状に就いて宣旨をすでに下されました。基成・泰衡等、縦え風聞の説の如く、誤りて狼のような心の集団に味方するとも、天皇の命令は重いものである。たしかに前非を改めて、天皇の命令状を守り義経の身を捕らえ進上せよ。件の義経の前の罪と後の過ちを尋問し、天皇の命令書に記すと雖も、積悪の余り天罰ここにいたり、悪巧み成すこと無し。空しく以て敗亡の後、ひそかに破棄された天皇の命令書を捧げ奥州に逃げ行くという。誠に辺境の民は極めて愚かと云うと雖も、どうして心の曲がった残党に従うべきだろうか。しかのみならず秀衡法師の子息等、責めを潜在か現れるかにかかわらず、ただ事を左右に寄せ、陸奥・出羽両国の官吏を自由に抑留し、使者を追却した。計画の趣旨はかえって疑いの思慮にいたる。事もし実ならば、謀叛の同罪に処せられ、官軍を以て征伐させる。もし天子の味方として逆賊を逮捕すれば、その功労に従い、当然に優賞有るべきの状、仰せの所件の如し。両国司等宜しく承知すべし。遺失すること莫れ。故に下す。
     文治四年二月二十六日         主典代織部の正大江朝臣
      別当左大臣藤原(経宗)       判官代河内の守藤原朝臣
      右大臣藤原(実定)         民部少輔兼和泉の守藤原朝臣
      大納言源朝臣            左近衛権の少将藤原朝臣
      大納言兼左近衛大将藤原朝臣     散位藤原朝臣
      権大納言藤原朝臣          紀伊の守藤原朝臣
      権大納言藤原朝臣          土佐の守藤原朝臣
      権大納言藤原朝臣          勘解由次官平朝臣
      権中納言兼陸奥出羽按察使藤原朝臣  右衛門権の佐藤原朝臣
      権中納言藤原朝臣          右弁藤原朝臣
      権中納言兼左衛門の督藤原朝臣    防鴨河使左衛門権の佐平朝臣
      権中納言藤原朝臣(定能)      木工の頭藤原朝臣
      権中納言源朝臣           左少弁藤原朝臣
      権中納言藤原朝臣(経房)
      権中納言藤原朝臣          参議備前権の守藤原
      参議左大弁兼丹波権の守平朝臣    参議左兵衛の督藤原朝臣       
      右京大夫兼因幡権の守藤原朝臣    宮内卿藤原朝臣
      内蔵の頭藤原朝臣          右近衛権の少将播磨の守藤原朝臣
      修理大夫藤原朝臣          修理右宮城使右中弁平朝臣
      造東大寺長官権右中弁藤原朝臣    修理権大夫藤原の朝臣
      丹後の守藤原朝臣

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