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2008年9月 3日 (水)

2月2日「地頭の所領につき諸人愁訴す」

「吾妻鏡」2月2日 戊辰
「地頭の所領につき諸人愁訴す」
 所々の地頭等の所領以下の事、京都より、権力者の縁故に頼り、または手紙を献上し、なげき訴えを申す人々は多い。仍ってその御指図が有りました。しかるに廷尉(検非違使)公朝は去年の冬より鎌倉にいました。近日に帰京すべきのとき、その意を得て公開させる為、彼の訴えの條々、箇条を一紙に載せ、公朝に与えるべしのようです。彼の公朝は下向の次いでに、事情等その指図がありました。御書御文書に云く、
   宝殿
    越後の国の奥山庄の地頭が不当の事。
   修理大夫家
    尾張の国の津島社、板垣の冠者が物納をわきまえざるの由の事。
   右衛門の佐御局
    信濃の国の四宮庄の地頭が、年貢並びに領家の収益をわきまえて進上せざる由の事。
   大宮御局
    伊勢の国の志禮石御厨(みくりや)、宗輪田右馬の允が不当の事。
   賀茂神主
    大夫判官を捜し求めるの由の事。
    高雄の上人が宣旨に背き神領を押領する由の事。
   新中将殿
    伊賀の国の若林御園(みその)の内七町九段を妨げるの由の事。
     佐々木の太郎方 五町四段
     平六兵衛の尉  壹町五段
     阿保別府    壹町
   公朝
    備前の国の吉備津宮領西野田保の地頭職貞光の事、道理に任せ被告人の妨げを停止し、本の如く相違無く知行せしめんと欲する事。

 以上の所々、尤も御裁断が有るべきの処、凡そ此のような訴訟は、自ら君(法皇)が仰せ下された時は、とやかく言うまでもなく裁断されると雖も、私的なコネを知らせて来た事に付いては、全く裁断を致すべきではないとの定めである。善悪の御定めに於いては、決定出来ない事である。コネを以て裁断いたせば、世間の人は定めて不公平に似たるの由と受け取るだろう。仍って今度は御裁断が亡いのである。

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