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2008年9月23日 (火)

5月22日「奥州の飛脚、義経誅戮を報ず」

「吾妻鏡」5月22日 辛巳
「奥州の飛脚、義経誅戮を報ず」
 午後4時頃、奥州の飛脚が参着した。申して云く、先月の30日に、民部少輔の館に於いて與州(義経)を殺しました。その首を送り進上する所であるという。そこでこの経緯を申し上げるため、飛脚を京都に派遣した。御手紙の内容は、
「頼朝、奥州の事を京に報ず」
 去る閏四月三十日、前の民部少輔基成の宿館(奥州)に於いて、義経を殺しましたと、泰衡が申し送ってきました。このため、来月九日の鶴岡八幡宮の塔供養は延期しました。この趣旨を法皇にお伝え下さい。頼朝が謹んで申し上げます。
 また板垣の三郎兼信が天皇の命令に違反の事が有ります。よって特に調べて処置するように、法皇の命令を下されましたので、今日、二品(頼朝)が答申書を進上されました。太皇大后宮(藤原多子)の御領の駿河の国の大津御厨の地頭の兼信の不当な行為について、謹んで承りました。此のように命令が下されました上、宮様(藤原多子)からも命令をうけましたので、地頭職は直ちに改定しました。而るに兼信の悪行は軽いものではないと、命令が下されましたが、このようなことは私的に処置できません。所当の罪科を定められ、どのようにも御処分下さい。もし流罪とされましたら、別の御使を派遣されて、その身柄を捕らえ、御処置下さい。大宮様(藤原多子)より御下された書状の通りならば、その罪科は何も申す事はありません。この旨を以て申し上げ下さい。謹んで申し上げます。
     五月二十二日         頼朝

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