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2008年9月19日 (金)

3月20日「義経追捕泰衡らの請文を進ず」

「吾妻鏡」3月20日 壬戌
「義経追捕泰衡らの請文を進ず」
 午後10時頃、右武衛の使者が参着し、消息(去る十三日の状)を献上された。去る九日、奥州の基成朝臣並びに泰衡等の答申書が到来した。義顕(義経)を捜索し進上すべきの由これを記載した。而るに法皇この間御仏事の為天王寺に御いでです(去る月二十二日に御幸されました)。件の答申書を叡覧になった後、早く逮捕し進上すべきの由、重ねて命ずべきの旨、天王寺よりわざわざ殿下(兼実)に伝えました。また同十二日、前の刑部卿頼経卿を伊豆の国に配流すると宣下した。子息宗長も同様である。この外の事等、條々皆これを法皇の決定が有るでしょう。師中納言(経房)から必ず詳しく申し上げられるでしょう。彼の卿(経房)の奉書に云く、
 去る月二十二日の御消息、今日到来した。條々申しになられました事について、委しくお聞きになられました。出雲の目代右兵衛の尉政綱については、すぐにその身を呼び出し進上すべきの由、按察大納言に命じられました。彼の卿の申状を、不審を解く為に送り遣わします。そもそも彼の卿に対しお怒りの理由は何でしょうか。全く思いも寄らない事で、返す返すも驚いておられます。もし何かの間違いであれば、その人の為にとってもあわれなことです。このような事は、眞偽を調べて判断されるのがよろしいでしょう。件の消息を、早く進上し御覧に入れてください。披露してお見せします。彼の卿が直ちに誓約書を書き進上した。恐れ驚いている事が推察されます。政綱の所行については、もし事実ならば、罪科の極みは、言うまでもないと思います。
 頼経朝臣の事は、證文等が提出されたという事で、是非に及ばない事です。早く配流されるべきでしょう。息子の左少将宗長も、同じく解官されるべきです。朝庭に対して不忠の者について、どうして処置されない事があるでしょうか。
(中略)
   以前の條々、院宣此の如し。仍って執啓件の如し。
     三月十日           太宰権の師籐(藤原経房)

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