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2008年9月17日 (水)

2月22日「頼朝、義経追捕厳命を京に要請す」

「吾妻鏡」2月22日 甲午
「頼朝、義経追捕厳命を京に要請す」
  御使(雑務職の時澤)を京都に出発させた。伊豫の守(義経)逃亡の後、御処置の次第がきわめて寛容であるため、 悪人がさらに悪事を続ける事になります。尤も急速の御処置を願いますという内容を申し伝えられたという。
  一、奥州の住人の藤原泰衡が義顕(義経)をかくまった上、謀叛に味方したことは疑う余地が無いでしょう。
    御許可を得て誅罰したいと思います。
  一、頼経卿は義顕(義経)に味方した朝廷の臣です。解官し追放なさいますよう、以前に言上しておりました。
        しかし勅勘とは名ばかりで、今に在京しているので、不満が残っています。
  一、按察大納言(朝方卿)・左少将宗長・出雲侍従朝経・出雲目代兵衛の尉政綱・前の兵衛の尉為孝、
        この者どもは義顕に味方したとがめに依って、現在の官職を解かれるべきである。
  一、比叡山の僧等が兵具を準備し、義顕に味方した事は、企ての極みであり、禁止されるよう、
        先日言上しましたところ、その旨の宣下したとの、勅答が有りましたが、まだ弓矢・太刀・刀が
        比叡山上に多いという風聞が有る事。
  一、上皇の御夢想に依って、平家縁坐の流人を呼び返されるべき事、僧並びに時實・信基等朝臣が如き、
         何の問題があるでしょうか。呼び返されるとの勅定が有るべき事。
  一、崇敬している六條若宮は御所の近辺にあります。祭礼等の際には、きっと騒動がおこるでしよう。特に恐縮しております。

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