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2008年9月11日 (木)

10月25日「義経追討宣旨下案文到着す」

「吾妻鏡」10月25日 丁亥
「義経追討宣旨下案文到着す」
  豫州(義経)を追討すべきの由、宣旨状の原案文が到着した。正文については、官の史生が奥州に持ち向かうべしという。
     文治四年十月十二日      宣旨
 前の伊豫の守源義経はたちまち邪心を抱き、早く都を出てほしいままに偽言を巧み、奥州にわたり赴いた。仍って前の民部少輔藤原基成並びに秀衡子息泰衡等に命令し、彼の義経を逮捕し進上すべきの由、先に宣旨を下された。しかるに天皇の命令を恐れずみだりに詳細を述べた。あまねく天の下、あに以て然るべきや。しかのみならず義経は当国の中を廻り出現するの由、たしかに風聞が有る。ようやく月日を送り、くわしく捜索を加えれば、定めてその隠れ場所は無いだろう。ひとえに野心に味方する事は朝庭の権威を軽んずるものである。なかでも泰衡は先祖を四代に継ぎ、己が権威を一国に施した。領内の領民は誰も随順しない物はいない。重ねて彼の泰衡等に命じ、直ちにその身を逮捕し進上せしめよ。味方する思いが有る事については、定めて後悔の恨みを遺すだろう。専ら天皇の命令の厳しい趣旨を守り、邪悪の誘惑に味方しなければ、その勲功により、恩賞を与えるに以て対処する。もし凶徒に従い、逆節を図るに於いては、官軍を派遣宜しく征伐せしむべし。帝王の事業はもろき事は無し。あえて違越すること勿れ。
                    蔵人右衛門権の佐藤原定経(奉る)

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