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2008年8月29日 (金)

10月3日「上洛使に付し奏聞の條々の勅答」

「吾妻鏡」10月3日 庚午
「上洛使に付し奏聞の條々の勅答」
 下河邊庄司・千葉の介等の上洛に託して、洛中の盗賊集団をはじめとする数ケ條のことを法皇に申し上げたが、その全てにお答が有りました。その書状が今日鎌倉に到来した。また御熊野詣での用途の事を命じられた。すぐに御答申書を進上することにしたという。院宣は以下の通りである。
   去る八月十九日・同二十七日等の御手紙が、今月十五日到来した。数ケ條の事を申し上げました。
一、盗賊集団並びに人々の事
 申されたように、洛中の事情に詳しい者か、若くはまた京都近国の者どもの所業であろうと、法皇はお考えになります。本より関東の武士の所行とは全く風聞はありません。またその旨を伝達もしていません。ただ近頃、検非違使の活動は日を追って弱まっており、まさに鴻毛の如き軽さです。在京の守護の武士が、力を合わせて事にあたれば、どうして取り締まり出来ない事があろうかとお考えになり、特に調査して指図するように伝達されました。
(略)
一、西八條の事(略)
一、所々地頭等の事(略)
 義顕(義経)の事も神明の冥助によって明らかになるであろうとお思いになっている上、
(略)
一、圓勝寺領駿河の国益頭庄の事
(略)
一、御熊野詣での事
(略)
一、阿武郡の事
(略)

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