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2008年8月30日 (土)

10月5日「河越庄、重頼後家の下知に従うべきを命ず」

「吾妻鏡」10月5日 壬申
「河越庄、重頼後家の下知に従うべきを命ず」
 河越の太郎重頼は伊豫の前司義顕(義経)の縁座(親族などのまきぞえの罪)に依って殺されたが、残された人々を不憫に思われたので、武蔵の国河越庄を、後家の尼(比企尼の娘)に授けた処、名主・百姓等が尼の支配に随わないという風聞があったので、今後は庄務と云い雑務と云い、全て、彼の尼の命令にに従うように仰せ下された。
 (河越の太郎重頼の娘は義経の正妻)

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