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2008年8月 1日 (金)

9月22日「堀景光捕はれ、佐藤忠信自殺す」

「吾妻鏡」9月22日 乙丑
「堀景光捕はれ、佐藤忠信自殺す」
 糟屋の籐太有季は、京都に於いて豫州(義経)の家人である堀の彌太郎景光(これまで京都に隠れ住んでいた)を生け捕った。また中御門東洞院に於いて、同家人の佐藤忠信を誅殺したという。有季が競い到るの処、忠信は本より精兵なので戦いになり、たやすくは討ち取られなかった。しかし多勢を以て襲い攻めたので、忠信と郎従二人は自害した。忠信は日頃豫州(義経)に従っていたが、少し前に宇治の辺で義経と別れて洛中に帰り、かって密通していた女を尋ね、一通の書状を遣わした。彼の女は件の書状を現在の夫に見せた。その夫が有季に語ったので、忠信のところに行き向かいこれを獲たという。忠信は鎮守府将軍の藤原秀衡の近親の者である。豫州(義経)が去る治承四年関東に参向される時にあたり、勇敢な武士を撰んで佐藤継信(忠信の兄)等を派遣したという。

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