« 9月4日「秀衡、義経扶持を問責せられ異心なきを謝す」 | トップページ | 10月3日「上洛使に付し奏聞の條々の勅答」 »

2008年8月28日 (木)

9月22日「義経与党を貴海島に討たしむ」

「吾妻鏡」9月22日 庚申
「義経与党を貴海島に討たしむ」
 蔵人所衆信房(宇都宮所と号す)が御使として九州に下向した。これは天野の籐内遠景と共に、貴海島(鹿児島硫黄島)を追討するようにと、厳命を受けたためである。この島は、古来船で渡る者はいなかった。しかし平家の治世の時、薩摩の国の住人の阿多平権の守忠景が、勅勘(天子のとがめ)を受け、この島に逃亡したとき、これを追討の為、筑後の守家貞を派遣した。家貞は軍船を用意して数度に及んだが、ついに風波を凌いで渡れず、空しく帰洛したという。今度豫州(義経)に味方した者どもが隠れ潜んでいるという疑いが有るので今回の事となった。また去年、河邊の平太通綱か゜この島に到達したとお聞きになって、特に思い立たれたという。天野の籐内遠景はもともと九州に在住していたという。

|

« 9月4日「秀衡、義経扶持を問責せられ異心なきを謝す」 | トップページ | 10月3日「上洛使に付し奏聞の條々の勅答」 »