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2008年8月31日 (日)

10月29日「秀衡、義経を大将軍に推載する事を遺言す」

「吾妻鏡」10月29日 丙申
「鹿島社供米を常陸七郡に課す」
  常陸の国の鹿島社は、御崇敬が他社と異なる。そこで毎月の御膳料を、常陸の国奥郡に充てられた。今日命令を加えられたという。
   政所が下命する。 常陸国奥郡に。
    早く鹿島社に毎月の一日に御膳料の籾(もみ)百二十石を出すべき事
     多賀郡  十二石五斗
     佐都東  十四石
     佐都西  九石八斗
     久慈東  三十六石一斗
     久慈西  十四石三斗
     那珂東  十三石九斗
     那珂西  十九石四斗
   右件の籾、毎年怠らず下し与えるべきの状件の如し。
     文治三年十月二十九日      中原
                     藤原
                     大中臣
                     主計の允
                     前の因幡の守中原
「秀衡卒す」
「秀衡、義経を大将軍に推載する事を遺言す」
 今日、秀衡入道が陸奥の国平泉の館に於いて亡くなった。このところ重病で死期が迫ったために、亡くなる以前に前の伊豫の守義顕(義経)を大将軍として、国務にあたることを、息子の泰衡以下に遺言したという。
   鎮守府将軍兼陸奥の守従五位上藤原朝臣秀衡法師、出羽押領使基衡の息男。
    嘉応二年五月二十五日、鎮守府将軍に任じられ、従五位下に叙される。
    養和元年八月二十五日、陸奥の守に任じられ。同日従五位上に叙される。

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