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2008年8月 3日 (日)

9月29日「糟屋有季、景光を捕へ、忠信を誅する旨鎌倉に注進す」

「吾妻鏡」9月29日 壬申
「糟屋有季、景光を捕へ、忠信を誅する旨鎌倉に注進す」
 北條兵衛の尉時定の飛脚が参着した。申して云く、去る二十二日、糟屋の籐太有季が堀の彌太郎景光を生け捕り、佐藤兵衛の尉忠信を誅したという。景光の白状に云く、豫州(義経)はこの間南都奈良興福寺の聖弘得業の周辺にいた。また景光は豫州(義経)の使者として、度々木工の頭藤原範季の許に向かい、相談した事が有ったという。仍って南都の事、左典厩(馬の役所の長官)一条能保に委託して法皇に申し上げた。五百余騎を比企の籐内朝宗に副え、義経を捜索するため南都奈良興福寺に派遣したという。

[玉葉] [玉葉]9月29日 壬申
 午後2時頃、一条能保朝臣が来た。簾(すだれ)前に呼び義行(義経)の間の事を質問した。申状はふだんの如し。木工の頭範季・前の刑部卿籐頼経等の朝臣、頗る案内を知るの聞こえ有りと。尤も不便々々。

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