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2008年8月 8日 (金)

11月5日 「頼朝、義経逮捕遅延の因を疑ふ」

「吾妻鏡」11月5日 戊申
「頼朝、義経逮捕遅延の因を疑ふ」
 豫州(義経)の事について、猶師中納言(藤原経房)に書状を送られた。その内容は、義行(義経)は今に至るも姿を現さない。これは公卿や侍臣が皆悉く鎌倉を嫌い、さらに京中の諸人が味方して計略しているからである。なかでも木工の頭範季朝臣が同意の事、憤りを感じます。
「範季・仁和寺宮らの義経庇護露見す」
 さらにてまた仁和寺宮(守覚法親王)も味方であると聞いています。詳細は何様の事やと。これ大夫の尉友實は豫州(義経)の使いとして、京都を出て摂津の国に行き向かいました。而るに彼の友實の居た屋敷を、北條時政殿が点検捜索されました。これ御室(守覚法親王)の御近所である。則ち詳細を問い合わせた処、反逆者の家ではないと、一旦弁明されたにもかかわらず、この屋敷は御室より友實に借し与えた事が発覚したため、頗る御同心の疑い無きに非ず。仍ってこの儀に及ぶようだ。
「義行を廃し義経に復す」
 また大夫屬入道(三善康信)が申しました。義行(義経)はその訓読みは能く行くである。能く隠れるの意味である。故に今にこれを捕獲出来ないか。此のような事はもっとも字訓を考慮して、同じ音をさけるべきです。この意見に依って元の義経にしてほしいと、摂政家(藤原兼実)に申請したという。

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