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2008年8月26日 (火)

8月27日「頼朝、使行平に付し京に言上する条々」

「吾妻鏡」8月27日 乙未
「頼朝、使行平に付し京に言上する条々」
 下河邊庄司行平が使節として上洛した。また重ねて京都に申し上げた條々は以下の通りである。、
  一、盗賊集団の事
   洛中の事情に通じた者の所為か。若くは又畿内・近国の武士か。ともかくよくよく調査してください。
  一、江大夫判官(大江)公朝の下部等の狼藉の事
   河内の国に於いて、関東の御家人と号し寄せ取りの狼藉に及んでいるという風聞があります。
   決して頼朝が申し付けたとい事実はありません。調査して下さい。
  一、北面の人々を廷尉に任ずる事
   この事、廷尉への任官は近年諸人が望んでいます。以前は簡単には任じられませんでした。よくよくその人物を選んで、任命して下さい。
  一、壱岐判官(平)知康の下向の事
   知康は義経・行家等に味方した者です。したがって特に言いつけが無い上は、身柄を京へ進上します。
  一、奉公した人々の子孫の事
   以前に功績の有った人の子孫が没落しているのは君(後白河法皇)の御不覚です。特別に朝廷で登用して下さい。
  一、西八條の地の事
   没官領として宛て賜わりましたが、公に用いると内々に承りました。早く御定め下さい。
  一、所々地頭の者の事
   以前、すでに面々に詳細を言い含めました。もし頼朝の成敗に従わない者どもがいれば、ご命令に従い、処罰を加えます。
  右の條々は、公平を考え、言上する所です。
    文治三年八月二十七日

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