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2008年7月 5日 (土)

5月13日「洛中群盗頻発の院宣到来す」

「吾妻鏡」5月13日 庚寅
「洛中群盗頻発の院宣到来す」
 紀伊刑部丞為頼が使いとして京都から到着しました。後白河法皇の手紙院宣を持ってきました。夜に日を継いで急いで行く様に、師中納言吉田経房様から云われたそうです。北條時政殿が関東へ帰ってからは、京都市内では、乱暴狼藉が数え切れないほども起きております。先月二十九日にも、上京下京あわせて七箇所で強盗事件がありました。
 世の中が物騒がしいことは、恐らく耳に入っていると思いますが、都の噂が信じられなくても、色々の人が色々な事を云っている事は、まるっ空言とも云えません。時政が京都に駐屯しているときは、法皇も安心しておられましたが、他の武士を変わりに帰還させても、時政が京都の治安維持を勤めるのが良いのだと、何度もお伝えもしたし、本人にも言い含めました。しかしそれでも関東へ下ってしまったので、このような事件が起こるのでしょう。義経と行家が京都市中にいるという噂もありました。もしそれが本当ならば、天罰覿面に捕まるだろうに、何で見つけられないのでしょう。一説には、比叡山の僧兵達の中に味方している者がいるとも云われている。そんなことが表ざたになり、もし本当の事ならば、朝廷にとって良い事になるでしょう。普段からあちこちに命じて探させていますが、比叡山は云うことを聞きません。この際だから、実力で探し出す方法もあるけれど、証拠も無いのに力ずくで乗り込んでいけば僧兵と衝突し、落ちぶれてきている天台宗の仏法を滅ぼしてしまうかもしれません。それもこれも法皇は困った事だと頭を悩ませております。もし、そのような事が起これば、法皇の為に、禍々しいとんでもないことなので、法皇も驚かれることでしょう。先月二十日の手紙〔使いは為頼〕を一昨日受け取りました。そのついでに、このことをお伝えいたしましたが、きちんと伝えたいし、又疑いを晴らすためにも、重ねてお伝えするのだとの後白河法皇のお言葉はこのとおりです。それでは、宜しくお伝え申し上げます。
   五月六日  (藤原)経房
 謹んで差し上げます  源の二位(頼朝)殿

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