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2008年7月25日 (金)

閏7月26日「叡山に義経を捜索す」

「吾妻鏡」閏7月26日 辛未
「叡山に義経を捜索す」
 左典厩(馬の役所の長官)一条能保の手紙が届きました。義経の雑用係の小者の五郎丸の白状に基づき、義経に味方した比叡山の僧兵を差し出すように、比叡山座主の全玄大僧正に連絡したところ、その連中は既に逃げてしまったと報告しました。それでも、先日の十一日には、まだ延暦寺に居るらしいと噂があったので、すぐに詳しい事を後白河法皇に報告されました。それなので、先日の十六日に後白河法皇の御所で、公卿達の会議がありました。比叡山の大塔、西塔、横川の末寺や荘園の全てに通知して、日をおかずに探し出して、逮捕して差し出すようにと、座主と役付き僧侶に命じられました。そうしたら、あの逃げた僧兵の仲間だと言って、三人の僧兵を差し出してきたので、治安警備の役所「検非違使の庁」に身柄を渡しました。
「兵を叡山に入るるを停む」
 このことについて、今武士を比叡山に派遣するように申し出たのですが、安易に武士達を派遣すれば、延暦寺の仏教が滅びてしまうことになりかねない。だから、詳しい事を座主に命じるように、公卿達が一致して決めた内容を、詳しく書きました。その一条能保の手紙と一緒にその時の法皇の命令書の写しも到着しました。
「近江・北陸に義経逮捕の院宣を下す」
 義行(義経)が比叡山に逃げて隠れたが、見方をした僧兵が居ると義経の雑用係の小者が、云ったとの事です。そこで、比叡山に命令したところ、それらの名前の連中は逃げてしまったと報告がありました。安易に武士達を派遣し攻撃すれば、延暦寺の仏教が滅びてしまう。特に座主以下の僧侶や役付きの僧侶が密教の秘術を使い、お祈りをして自分達で見つけ出しますと申請してきました。その内容で公卿等に聞いたところ、それが最も良いことだと意見が一致しました。逃げた僧兵の仲間の二・三人を捕まえて差し出したので、身柄を検非違使の庁に預けました。その上、近江国や北陸道がかなり関係が有りそうだ。特に探索をして、その三人の僧兵を捕まえれば、褒美を取らすように、後白河法皇がおっしゃっておられます。義経一人の問題で、世間中が安心して暮らせないなんて、なんとも情けないことだと嘆いておられます。今回に始まったことではなく、探し出すように何度も申されております。この上どうすれば気が済むのか、頼朝に伺ってみなさいというのが、法皇の本音であります。云われて書いた事はこの通りです。閏七月十七日  左少弁定長
 申し上げます 師中納言吉田経房殿

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