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2008年7月 3日 (木)

4月21日「安田義定鎌倉に参上、鹿皮を献ず」

「吾妻鏡」4月21日 戊辰
「安田義定鎌倉に参上、鹿皮を献ず」
 遠江守安田三郎義定が、遠江の国から鎌倉へやってきて、普段、浜名湖周辺の岩室寺などの山寺で、源九郎義經を探させていますが、見つけることが出来ないと報告しました。直ぐに頼朝様は御前に呼んで、遠江守義定に饗応のお酒を用意しました。その宴の間、色々と雑談に花が咲きました。頼朝様が言われるには「遠江の国で、何か面白い出来事はありましたか。」遠江守義定は答えて「勝間田三郎成長が去る六日に玄番助(仏寺の役所の次官)に任じられたことが、一番のめでたい話です。次には、狩をしようと二俣山へ向かって行ったら、鹿が九頭も一列に並んで、私の左側を走っているんです。そこで、遠江守義定と倅の義資、淺羽三郎が馬を走らせ、ぜんぶ弓で射て仕留めたんです。今日、その鹿皮を持ってきています。」といったら、頼朝様は大喜びでした。鹿皮五枚を頼朝様に献上し、三枚を若君(頼家)に進め、一枚を小山七郎朝光の心づけにしました。目の前でお酌をしているからです。
「頼朝無許可の勝田任官の事を咎む」
 「勝間田成長の任官の話は、前もって何の話も無く、自分で勝手に推薦するとは、まことに怪しからぬ。早く、筋を通すようにやり直しなさい。」とおっしゃられました。遠江守義定は多少顔を赤らめて、良く考えずにしゃべって、失敗をしたと悔やんでおりました。

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