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2008年7月18日 (金)

6月22日「義経仁和寺・石倉・叡山に隠るとの風聞」

「吾妻鏡」6月22日 戊辰
「義経仁和寺・石倉・叡山に隠るとの風聞」
 左馬頭一条能保の飛脚が京都から到着しました。義経が仁和寺(京都右京区)や岩倉(京都左京区)のあたりに隠れているとの通報がたるので、刑部烝梶原朝景や兵衛尉後藤基淸を始めとした武士を派遣しましたが、その事実はありませんでした。現在では比叡山に居て、僧兵が匿って面倒を見ていると噂があります。

「吾妻鏡」6月28日 甲戌
「北条時定の追討を受け、源有綱自殺す」
 左馬頭一条能保の飛脚が到着しました。先の十六日に北条時定が奈良県宇多郡で伊豆右衛門尉源有綱〔義経の婿〕と戦いました。有綱は負けて深山に入り自殺しました。その部下は三人怪我をして死にました。残った五人を生け捕りにして、有綱の首を持って、二十日に京の役人に渡したそうです。この人は伊豆の守源仲綱の息子です。

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