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2008年6月25日 (水)

3月7日「時政具申の條々奏聞終る」

「吾妻鏡」3月7日 乙酉
「時政具申の條々奏聞終る」
 北條時政殿が申し出た、七カ国の地頭を辞退すること、兵糧米のこと、平家没官領のあちこちの事は、もう後白河法皇に申し上げたと、左少弁定長が承って書いた文書を師中納言經房に送りました。經房様は同様に、その文書を北條時政殿に送られました。
 北條時政が申し出た事を後白河法皇に申し上げました。
 一、 地頭の辞退について。年貢を取られる人たちのために、止めることはとても穏便な態度である。
 一、 総追補使について。それは名前を変えても、地頭と同じではないのか。ただし、源九郎義經や行家を逮捕するまで、頼朝様から特に申請がないのに、全て停止との命令は下し難い。世間が落ち着かない間は、国ごとに総追補使を置いたり、広い荘園だけに決めて任命するのが良いのではないか。狭いところに皆任命して置いたら、縄張り争いで喧嘩が絶えないので、揉め事が尽きないではないか。そうすれば、庶民達の嘆きも少なく出来るし、義經や行家を見つけ出す方法にもなるのではないのか。
 一、 兵糧米の未納について。人の道のことわりに従って、処理をしてほしい。
 一、 平家領の没収地について。二位卿頼朝が特に申請が無い。どうこう云うつもりは無い。
 以上のこと、この内容で検討をして欲しい。このような細かいことはいちいち取り立てて述べるつもりはないので、良く心情を汲み取ってください。今年の春に兵糧米を取り立てて種籾が足りなくなれば、農業を進める事が出来なくなるので、一事が万事有名無実となってしまうから、労わりの心をもって処理をすれば、さぞかし天やお上の意思に叶うことになる。それが本当の院のお心であることは、このとおりです。

  三月七日  左少弁定長
     差し上げます 師中納言經房殿

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