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2008年6月23日 (月)

3月1日 「義経・行家追討宣旨の事」

[玉葉]3月1日 
「義経・行家追討宣旨の事」
 蔵人頭左中弁藤原光長が来た。云く、今日、九郎・行家追討の宣旨を内大臣の徳大寺實定亭に持ち向かい、これを命令したようです。

「吾妻鏡」3月6日 甲申
「静を尋問す。陳述前と異なる」
 静御前を呼び出して、筑後權守俊兼、平民部烝盛時らに命じて、源九郎義經の事を質問しました。先日、吉野山に泊まっていたといいました。「山の中だなんてとても信じられない。」と言うと、静御前が言うのには「山の中とは云ってません。吉野山の僧侶の居所です。しかし、僧兵達が源九郎義經を狙って攻撃してきそうなので、そこから山伏の格好に化けて、大峯へ入るといって山の中へ入っていきました。そこの坊主の僧兵が送っていきました。私も同様に付いて行こうとしたのに、女人禁制だから女は入るなとその坊主にしかられました。仕方ないので京都へ向かいかけたら、お供の雑用供が裏切って金品を盗って逃げ隠れてしまったので、迷いながら蔵王堂に着きました。」だと。続いて僧侶の主の名前を尋ねたら「忘れてしまった。」と云いました。「どうも、京都で言ったことと、今の話が大分違うようなので、良く調べて聞き出すように。」と、仰せになられました。その他に大峯へ入ったとか、多武峰についた後で逃げ隠れたとか噂があるので、どれかこれか嘘かもしれないようです。

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