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2008年6月22日 (日)

3月1日「諸国に惣追捕使・地頭職を補す」

「吾妻鏡」3月1日 己卯
「諸国に惣追捕使・地頭職を補す」
 全国の国や荘園に軍司警察権のある追補使と反別五升の兵糧米を取れる地頭職を頼朝様が任命されましたが、
「時政、七カ国の地頭職を拝領後上表す」
 その内の七カ国の国地頭追補使を北條時政殿が朝廷から与えられました。しかしながら、御家人達との比較を考えて、地頭職を辞退しました。それだけでなく、なおその旨を手紙に書いて師中納言吉田經房様に頼みました。經房は、それを定長に頼んで後白河法皇に報告をしてもらいました。
 後白河院へ進呈する品物を届ける役の者が、下がってきて伝えるには、「先月の二十八日に、三度も地頭返上を申し上げたのに、たった一通のみを見てくれたとお手紙を貰いました。」と云う事でした。それなのに、その届け役の者が返上の話を受け取らずに帰ってきてしまったので、大変恐縮しております。ようやく、ある日参拝出来た時に、申し上げましたが、未だにはっきりとしたご返事を戴いておりません。仕方が無いので、時政が任命された七カ国の地頭職は、農民の農業を進めるために兵糧米を取る地頭の職は、辞退した方が良いと考えているところであります。
 総追補使の役は、行家や義經等の反乱者が現れたときの事を考えて、退治しなくてはならないので、役職についていようと考えました。思うにあちこちの百姓は、兵糧米取立人が、この機会にどうのこうのと理屈をつけて、所々の年貢等を横取りするとの訴えが絶えないことでしょう。もし、そのような時はいきさつをきちんと取り調べて、兵糧米を余分に取っていたら、直ぐに返すようにさせます。逆に百姓が未納していれば、田んぼの数を数えなおして、さっさと納品するように命じてください。ついでに平家から取上げた没官領のあちこちについては、院の命令書と二位家頼朝様の言いつけをいただき、現地調査をするべきだと考えております。以上の事を申し上げていただきますように。時政が謹んで申し上げます。
   三月一日 平時政〔申し上げたいこと〕

   進上 大夫属殿

「静母と共に鎌倉に着く」
 今日、源九郎義經の妾の静御前が、呼び出しにより京都から鎌倉へ到着しました。北條時政殿が送らしたものです。母の磯の禅師も一緒でした。直ぐに主計允藤原行政が担当して、安達新三郎(雑色の長)の家を宿舎と指定し、彼女等を入らせたようです。

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