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2008年6月 2日 (月)

12月7日 「院奏折紙、兼実宛書状を帯し浜四郎上洛す」

「吾妻鏡」12月7日 丙辰
「院奏折紙、兼実宛書状を帯し浜四郎上洛す」
 下級役人の浜四郎は頼朝様の飛脚として、後白河法皇へ申し上げる正式文書と右大臣九条兼実に差し上げる手紙を持って京都へ出発しました。左典厩(馬の役所の長官)一条能保の家来の黒法師丸が、京都の案内として一緒に行かせました。源九郎義經の味方をした公卿について、詳しく書き連ねたうちで、民部卿(民政・財政担当の省の長官)成範様は、右大臣九条兼実の縁戚なので、文書から除いたようです。こういった京都の詳しいことは、一条能保や侍從藤原公佐などに相談の上で決められたようです。その藤原公佐様は、頼朝様の舅の北條時政殿の外孫〔娘の阿波局の亭主阿野全成との間に出来た娘の婿です〕に当たります。そう云う訳で、その縁者であるばかりか、性格がとても穏便で、頼朝様に忠実だから、今回右馬権頭(馬の役所の次官)に推薦なされたようです。

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