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2008年6月 5日 (木)

12月23日「勅使として吉田經房が下向の風聞」

「吾妻鏡」12月23日 壬申
「勅使として吉田經房が下向の風聞」
 師中納言吉田經房が朝廷の使いとして、下ってくると、今日関東に噂が届きました。すでに後白河法皇も許可をしているらしい。それは行家と源九郎義經の事で、色々と箇条書きにして申し出た事への回答をするためだろうか。頼朝様は恐れ入り申し訳ないと思ひ、「申し上げることは使いの者と手紙を使って云っています。法王からは奉書をいただければ私のほうでも分かりますので、そんな偉い公卿程のお方が使いとして長旅をしてくるなんて、絶対遠慮しておきます。」との事です。
「前對馬守親光遷任を執進す」
 それと、前對馬守親光(頼朝の縁者)は、朝廷や武門のため尽くしております。それなのに意に反して国司の任務先を変えられました。元の立場に返り咲きたいと、盛んにこぼしているので、頼朝様はこの話を申し入れになられたようです。

「吾妻鏡」12月26日 乙亥
「平時實、義経一味として捕へらる」
 前中將平時實は、源義經に賛同して、九州へ行こうとしたのを、途中で捕虜にしました。今日、武者所牧三郎宗親が連行してきたところです。また左大臣經宗の手紙が到着しました。その内容は、故平重盛の末っ子の前土佐守宗實は、子供の頃からの養子なので、平家の一族は斬首にされると噂を聞いたので、なんとかそこをまげてでも、許して戴きたいと云って来ました。よく内容は分かったので承知したと、返事を出させたようです。

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