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2008年6月29日 (日)

3月22日「静、義経の子を懐妊す」

「吾妻鏡」3月22日 庚子
「静、義経の子を懐妊す」
 静御前の扱いですが、詳しく尋問してみても、源九郎義經の居場所は分からないと言い張っていました。今現在、義經の子供を妊娠しているので、産後に京都へ返すように、命じられました。

「吾妻鏡」3月26日 甲辰
「丹波篠村庄を延朗上人に与ふ」
 紀伊權守豊島有經を使いとして、丹波国篠村庄を松尾延朗上人に領地として宛がいました。元ここは、三位中将平重衡卿の領地でした。その後、源九郎義經が源平合戦の手柄の恩賞として貰った土地でした。それを源九郎義經は上人に寄付したのでした。上人は遠慮したのですが、放っても置けないので、領収した後で農民を楽させてやるために、年貢を止めて、百姓に阿弥陀如来の名号を唱えて祈る事を進めました。その祈り唱えた数によって受け取りを出して、年貢の免除の量を決めたようです。源九郎義經が犯罪人となって追われ、行方知れずになってからは、お返ししたいと言って来られましたが、元々源九郎義經が受け取った本人なので、領主として仏様に寄付して使って欲しいと心に誓った所なのだから、そのままお使いくださいと、言い伝えさせました。この上人は、頼朝様たち清和源氏の祖、多田新発満仲から八代目の子孫で、対馬太郎義信〔対馬守義親の息子〕の息子です。弓馬の芸を扱う武士の家から出て仏門に入り、顕教(密教以外)と密教をも勉強して理解して兼ね備え、仏教の書物やそれ以外も詳しく知っている素晴らしく人望の厚いお坊さんのようです。

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