« 1月29日「頼朝、静を鎌倉に召す」 | トップページ | 2月7日「平時實改めて上総国に配流せらる」 »

2008年6月17日 (火)

2月6日 「能保帰洛、神仏・禁裏・仙洞の事等議奏に申さしむ」

「吾妻鏡」2月6日 甲寅
「能保帰洛、神仏・禁裏・仙洞の事等議奏に申さしむ」
 左典厩(馬の役所の長官)一条能保様が京都へ帰りました。奥様と姫様二人達も一緒です。夕べ、頼朝様は馬十匹を餞別に送られました。御臺所政子様は絹布三百疋を奥様と娘様にお送りになられました。又、一条能保様の昇進の事と、奥様を後鳥羽天皇の乳母として任務することを、頼朝様が推薦しているところです。次に一条能保様の護衛に、今鎌倉へ来ている御家人や国許に居る御家人のなかから指名して命じられました。その人達は、岩原平三、中村次郎、比企藤次、土肥弥太郎、小楊土藤三、横地太郎、勝田三郎達です。その外に宿場から宿場ごとの護衛や人夫は、前もって決めて下されたようです。一条能保様が、鎌倉におられれば、色々と政治の相談も出来るので助かるのだが、現在京都では、大きな事から細かいことまで仲介する人がいないので、京都への帰還を急がせました。又、神仏を大事にすることや、天皇や上皇の事や、京都朝廷の季節の行事や官位の人事、義経の行方などを公卿たちに申し入れることなど、箇条書きに書いてきちんと申し付けられました。

|

« 1月29日「頼朝、静を鎌倉に召す」 | トップページ | 2月7日「平時實改めて上総国に配流せらる」 »