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2008年5月21日 (水)

11月20日「八島義清、義経生存の報を京に伝ふ」

「吾妻鏡」11月20日 己亥
「八島義清、義経生存の報を京に伝ふ」
 伊予守義經と前備前守行家は、京都を出立して、先の六日に大物浜で船に乗り込み、出航した時に、逆風に吹き戻されて船は難破してしまいましたと、話が伝わってきたところへ、八島冠者時清がその二日後の八日に京都へ帰ってきて、二人とも死んではいないと報告したようです。
「義経に同行せし平時実捕はる」
 次は、平時忠の子の佐貫中将平時実は、流罪の判決を受けていながら、密かに京都に住んでいました。それが、今度は源九郎義經と一緒に九州へ行くことにしました。しかし、船の難破で失敗して、源九郎義經についていた侍達がばらばらに逃げ散ってしまったので、京都へ戻る途中で村上右馬助經業の弟の禅師経伊が生け捕りにしました。
 この二つの報告は、後白河法皇のお耳に達したと伝わってきたようです。

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