« 11月12日 「義経等召し進すべしとの院宣下さる」 | トップページ | 11月17日「義経吉野より逃れ、静捕へらる」 »

2008年5月17日 (土)

11月15日「高階泰經の使者、陳弁のため鎌倉に至る」

「吾妻鏡」11月15日 甲午
「高階泰經の使者、陳弁のため鎌倉に至る」
 大藏卿(大蔵大臣)高階泰經様の使いが鎌倉へ到着しました。処罰を恐れてか、直ぐに御所へは行かず、左典厩一条能保様の屋敷へ行って、お手紙を鎌倉殿頼朝様に献上するのですと伝え、ほかの一通を一条能保様へ献上しました。義經たちの事は、私の意思でやったのではなく、ただ武力を恐れて云うがままに後白河法皇に取り次いだだけです。どう云う具合にお耳に入っていますか。世間の噂を本気にして、簡単に話を決めてしまわないように、なだめるように云って聞かせてくださいと。一条能保様はその使いを一緒に連れて行き、詳しい話を頼朝様に申し上げました。高階泰經様の手紙を開き見て、筑後權守俊兼が声を上げて読みました。
「頼朝の反論」
 その内容は、「行家と義經の謀反の行動を許可したのは、天魔の仕業でしょう。もし、(頼朝追討の)宣旨を下さらなければ、宮中に入って自殺すると言ってきたので、当面の災いを逃れるため、一度は朝廷の許可を出したことになりますけれど、本心は別なので、本当の許可はしていないのと同じなのだそうです。」これで後白河法皇の本心が伝わるのしょうか。二品頼朝様は、返事を投げておっしゃいました。「行家と義經の謀反の事は、天魔の仕業だとおっしゃられてきたことは、とんでもなく何の根拠も無いことだ。天魔とは仏法に対して妨げを成し、人に対して迷惑をなすものである。頼朝は朝廷に敵対した平家を降伏させ、年貢の徴収などの務めを朝廷に忠実に奉仕している。それを何で反逆者扱いをして、たいした考えもせずに簡単に院宣を与えたのか。行家も義經も行方を捜して召し取るまでは、諸国も荒れ果ててしまい、人民も滅亡してしまうではないか。その原因を作った日本国第一の大天狗は、他の者ではないでしょう。」

|

« 11月12日 「義経等召し進すべしとの院宣下さる」 | トップページ | 11月17日「義経吉野より逃れ、静捕へらる」 »