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2008年5月15日 (木)

11月12日「頼朝上洛延引するも懈怠なきよう家人に令す」

「吾妻鏡」11月12日 辛卯
「頼朝上洛延引するも懈怠なきよう家人に令す」
 二品頼朝様は、駿河以西の御家人達に命令書を伝えた。「源九郎義經は、既に京都から都落ちをしたので、上京は今、延期する。但し、それぞれに、抜かりなく用意をして何時でも出陣の命令に備えて置くべきである。」
「岡邊泰綱平癒し鎌倉に参ず」
 駿河国の岡邊權守泰綱は、暫くの間病気のため勝長寿院の完成祝賀式も、木瀬川に滞在のときも駆けつけられませんでした。「最近、やっと病気も治ったので、頼朝様のご上京を聞いて、病み上りの体を励まして、まず鎌倉へ参上してお供をさせて戴きたい。」と云ってきました。でも、京都へ行くのは止めたので、来る必要はない。貴殿は肥満の泰綱なので、乗れる馬は無いだろう。良く準備を考えて、次の命令を待っていなさい。」と答えられました。
「河越重頼、所領収公せらる」
 今日、河越太郎重頼の領地を取上げました。この人は源九郎義經の舅だからです。その内の伊勢国香取五つの郷は大井兵三次郎實春が与えられました。その他は重頼の老母が預かることになりました。又、下河邊四郎政義も同様に所領などを取上げられました。重頼の娘婿だからです。
「大江広元、諸国に守護地頭の設置を献策す」
 今度の事件は、関東にとって由々しき問題なので、どのように始末を付けるべきかあれこれと頼朝様が悩んでおられると、大江広元が云うには、「世も末なので、無法者が最も栄える良い機会となり、天下では反逆を犯すものが途絶えることはないでしょう。しかし、東海道においては、頼朝様のお膝元なので静かにおさまるとは思いますが、地方においては必ず反乱が起きるでしょう。これを退治するために毎回、関東から軍勢を派遣していたのでは、武士も農民も煩わしいでしょうし、費用もかかるでしょう。ちょうどこの機会に、諸国に権力を及ぼすように、国衙と荘園それぞれに守護と地頭を任命すれば、必ずしも恐れずに済むでしょう。早く京都朝廷に申請すべきです。」ということです。頼朝様はとても感心されて、そうしようと決められました。首尾の通った大江広元の忠言がそうさせたのである。

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