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2008年5月 1日 (木)

11月3日 「義経等の所行義士というべし」

[玉葉]11月3日 
「洛中貴賤多く逃げ隠る」
 去る夜より、京都市内の貴人も一般市民も多く以て逃げ隠れた。今朝早朝、九郎等が京都から出発するの間、乱暴狼藉を疑わない為である。
「行家・義経西海に赴く」
 午前8時頃、前の備前の守源行家・伊豫の守兼左衛門の尉(大夫の尉なり。従五位下)同義経(殿上侍臣たり)等、各々身の暇を申し西海に発した。これ則ち指せる過怠無し。頼朝の為征伐されようと欲す。征伐の害を免れんが為京都から出発する所である。始め推して頼朝を討つべきの天皇の命令を申し下すと雖も、事は法皇のお考えより起こらざるの由、ひろく以て風聞するの間、近国の武士は義経らの命令に従わず。還って義経等を以て謀反の者とみなした。しかのみならず、法皇以下然るべきの臣下等を連行し、鎮西に向かうべきの由、披露するの間、いよいよ人望に背き、その勢力は日を遂って減少した。敢えて味方の者無し。
「義経等京都にて関東勢支え難く下向す」
 仍って京都に於いて関東の武士に対抗し難く、これを以て京都から出発したようだ。法皇御所中以下の諸家・京中悉く以て安穏した。
「義経等の所行義士というべし」
 義経等の所行、実に以て義士と謂うべきか。京中の上下、歓喜しない者はいない。もし以前の風聞のようならば、公家は一人として身の安全であるはずがない。しかれば即ち人別に生涯の果報を失うことがあるだろう。これによりこの乱暴は無いのだ。喜ぶべし喜ぶべし。

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