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2008年5月13日 (火)

11月11日 「義経・行家捜索の院宣下る」

「吾妻鏡」11月11日 庚寅
「義経・行家捜索の院宣下る」
 源九郎義經らの反逆の事について、天皇の命令は義經の申請の通り出しました。しかし、跡から頼朝に説明しようと、後白河法皇は考えていましたが、頼朝様のお怒りが激しくなるので、予定していた訳には行きませんでした。そこに、源九郎義經と行家は反逆して九州へ行こうとしましたが、大物浜で難破したと噂があるけれども、死んだとは限らないので、早く勢力のある武士に命令して、山林や河沢を探して彼等を捕まえ出すように、法皇の命令を関西諸国の国の長官達に出されました。その内容は以下の通りである。

 後白河法皇の命令が出ました。源義經と行家は反逆して九州へ行こうとしましたが、六日に大物浜で逆風に遭ったそうだ。難破したと噂があるけれども、死んだとは限らないので、早く武勇のある連中に命令して、山林や河沢を探して、日をおかずに彼等を捕まえ出すように。その国のうちで国有領はこの状のとおり正しく実行し、荘園(私有領)では本家を通して実行する事、これは大事な事であるでの、手抜きをしないようにと命令が出たので、謹んでこの状を書き伝える。
   十一月十一日 太宰権師(吉田經房)
   その国守殿

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