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2008年4月13日 (日)

十月十七日「義経行家の謀反に同意す」

[玉葉]十月十七日
「義経行家の謀反に同意す」
 去る十一日、義経は申し上げました。行家すでに頼朝に反きました。制止を加えるといえども叶うべきも無し。これをいかがいたしましょう。仰せに云く、相構えて制止を加うべしと言いました。同十三日、また申して云く、行家の謀叛に制止を加えるといえども、あえて承引せず。仍って義経は同意しました。その故は、身命を天皇にさしあげ、大功を成すこと再三に及びました。皆これ頼朝の代官としてである。殊に尊重すべきの由存ぜしむるの処、適恩に浴す所の伊豫の国、全て地頭を任命し、国務を遂行出来ない。また没収の所々二十余ヶ所、先日頼朝に分け与えた。而るに今度の勲功の後、皆悉く取り返し、家来等に分け与えました。今に於いては、生涯全く以て執し思ふべからず。ましてや家来を遣わし、義経を殺すべきの由、確かにその告げを得た。遁れようと欲すといえども叶うべからず。仍って墨俣の辺に向かい、一矢を射て、死生を決するの由の所存であるようだ。仰せに云く、殊に驚き思いなされました。猶行家を制止すべしといいました。その後は音沙汰が無い。去る夜重ねて申して云く、猶行家に同意しました。詳細は先度言上しました。
「義経頼朝追討の宣旨を欲す」
 今に於いては、頼朝を追討すべきの由、宣旨をいただきたいと欲す。もしお許しが無ければ、身の暇をいただき九州に向かうべしと。その気色を見るに、天皇・法皇以下、臣下上官、皆悉く連行し下向すべきの様子である。すでにこれ殊勝の大事である。この上の事何様の指図有るべきか。能く思量し計らひ申し上げるべしと言いました。(中略)
「頼朝に過怠なし」
「追討猶予は頼朝引級に似る」
「子細を頼朝に問わるべし」
「勅命に背き濫吹を企つれば追討宣旨を下さるべし」
「義経頼朝を誅滅せんとするは大逆罪なり」

「北方に時の声あり」
 午後10時頃、人走り来たり告げて云く、北方に時を作るの音有り。余これを聞く。すでに事実である。
(略)
「児玉党義経宅に攻めよ寄すも行家追散らす」
 頼朝の家来の中、小玉党(武蔵国住人)三十余騎、中人の告げを以て義経の家に攻め寄せた(法皇の御所の近辺である)。殆ど勝ちに乗らんと欲するの間、行家この事を聞き馳せ向かい、件の小玉党を追い散らしました。

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