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2008年4月 6日 (日)

8月29日「小除目、源氏多く朝恩に浴す」

「吾妻鏡」文治元年(1185)8月29日己卯。(8月14日改元 文治元年) 
「小除目、源氏多く朝恩に浴す」
 先の十六日に京都朝廷で臨時の人事異動があり、その文書が到着しました。源氏の一族の多くが恩恵を受けた。それは、山名義範が伊豆守。大内惟義が相模守。足利義兼が上総介。加々美遠光が信濃守。安田義資が越後守。義經が伊予守などです。義經殿の官職については、前には頼朝様は渋っていましたが、今度の義經の叙任は先だっての四月に、内々で大藏卿高階泰經殿に申請していた。それなのに今頃になって反逆が露見しましたが、今更中止しろとは云えないので、人事通知書のとおりにしたようです。その他の五カ国の事は、任命された人が希望したことなので、合戦の恩賞として、また頼朝様のご威光のために、絶対にそうするように厳しく催促したようです。それぞれ、自分の任命された国をきちんと治めるようにとの事でした。これは、現在の頼朝様が朝廷からその当地を任された関東の領国です。

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